プロフィール

斉藤 進のこれまでのあゆみ

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◆1970年 浜松・鹿谷に生まれる。父、母、姉、弟の5人家族。

父が航空自衛隊に勤務していたため、その後2年間隔で全国の基地の街を転校する。

5月の連休や夏休みは浜松市内(鹿谷町)の祖父母の家で過ごす。

1974年 福岡県 築上郡椎田町 めぐみ幼稚園
1975年 静岡県 志太郡大井川町立 静浜幼稚園
1976年 静岡県 志太郡大井川町立 大井川東小学校(1年生)
1977年 千葉県 市川市立 二俣小学校(1~4年生)
1980年 石川県 小松市立 串小学校(4~5年生)
1983年 宮城県 桃生郡矢本町立 矢本東小学校 卒業 (6年生)
1983年 宮城県 桃生郡矢本町立 矢本第一中学校 (剣道部)
1986年 東京都 小平市立 小平第三中学校 卒業
1989年 東京都立 清瀬高等学校 卒業
在学時、生徒会長として活動 (テニス部)
1994年 中央大学 経済学部 経済学科 卒業
在学時、辞達学会(今年106周年を迎えた中大の弁論部)幹事長として活躍

大学時代は弁論部

大学時代は弁論部で活躍

三社神社

1歳の頃
鹿谷の三社神社で遊ぶ

小学校低学年

小学校低学年
鹿谷の子供会の法被を着て
弟とお祭りの練り歩きへ

◆海外を広く見聞

1994年 イスラエル・ゴラン高原 Kibbutz Mevo Hamma
農業開拓ボランティアとして活動
ガザ地区難民キャンプを訪れる
1995年 中近東、欧州で働きながら人々、文化、思想、街づくりを見聞
1996年 帰国 通信関係のサラリーマン生活を送る
1998年 南アジア、南北アメリカ大陸で働きながら、人々、文化、思想、街づくりを見聞
イスラエルにて

イスラエル・ゴラン高原の
農業ボランティア
ひよこと一緒に

ガザ地区にて

ガザ地区難民キャンプにて子ども達の笑顔が忘れられない

◆政治の道へ

1998年 衆議院議員 末松義規秘書
1999年 4月統一地方選挙
28才で市議会議員初当選(東京都小平市)
2845票 (2位当選 候補者35人 定数28人)
市議会厚生委員
公共交通網整備調査特別委員など
2001年 市議会生活文教委員
都市基盤整備調査特別副委員長
土地開発公社評議員など
2003年 4月統一地方選挙 市議会議員二期目当選
2990票 (1位当選 候補者34人 定数28人)
市議会生活文教委員長など
2005年 市議会厚生委員長
議会運営委員
都市計画審議会委員
国民健康保険運営協議会委員
第三次長期総合計画特別委員会委員など
2006年 民主党 国会議員候補者全国公募に応募、合格
2007年 4月の任期満了で2期8年務めた市議会議員を引退、
5月より民主党静岡県第8区総支部長に就任
2009年 第45回衆議院議員総選挙・静岡8区(浜松市中区・東区・南区)にて12万3547票 を頂き当選
2009年 現在、衆議院議員として国会にて厚生労働委員会委員 消費者問題特別委員会理事などを務める

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市議2期目の選挙
菅直人代表(当時)が
応援に!

saito

市議時代は多くの
公約を実現

saito

バリアフリー施策普及に
国としても力を入れていきたい
弱者にとって優しい街づくりは
全ての人にとって
暮らしやすい街

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子育てや教育
医療・年金問題の対話集会
常に市民の目線で

現在39才
家族 妻と子ども3人(長男 :小学校4年生 長女 : 1年生 次女 2歳)
浜松市南区渡瀬町在住

斉藤 進の趣味

読書  釣り 音楽鑑賞 ランニング サイクリング など

新宿シティマラソン

斉藤 進の好きな言葉

寛容   個人の尊厳

斉藤 進の好きな言葉

司馬遼太郎

故 イツハク・ラビン元イスラエル首相 (中東和平プロセスでノーベル平和賞を受賞後、凶弾に倒れたイスラエル首相)